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看護師を生きる(作詩 谷川俊太郎)

  • #谷川俊太郎
  • 2024/11/20 掲載
「看護教育」編集室

詩人の谷川俊太郎さんが、2024年11月13日に永眠されました。ご冥福をお祈りいたします。

谷川さんには「看護教育」第50 巻(2009年)の刊行を記念して、巻頭詩「看護師を生きる」を書きおろしいただき、掲載しました。そのご厚意にあらためて感謝申し上げるとともに、「NEO」で公開いたします。谷川さんの言葉を、先生・学生のみなさまもぜひ噛みしめてください。

 

看護師を生きる

谷川俊太郎

ベッドの上の人の息が臭う

怒りに満ちた嘆き節がいつまでも続く

答える自分の言葉が

建前に過ぎないと知りながら

その人の乾いた手を握る

 

ココロの中の本音が

ときどき夢に出てくるが

恥じるのはやめた

口にすらできない恐ろしい深みから

考えを始めねばならない

 

本には書いてないこと

先生には教えてもらえないこと

そこにひくひく脈打つナマの現実がある

一人のうちに限りない世界があるから

今日も一人と向き合うしかない

 

カラダが病んでいてもココロが健やかなら

死は恐れるに足りない

カラダが病むことでココロも病んでいたら

生きていることは恐ろしい

カラダの真実をココロは時に偽るから

 

大き過ぎる問いかけに答えはない

人を見守り 人を助けようと工夫する日々に

小さな答えがいくつもひそんでいる

それを自分に教えるのは自分

それを学ぶのも自分

 

目の前の赤の他人に

黒の他人 白の他人が隠れている

一人の他人を描くために

幾重にも無限色の絵の具を重ねる

透き通ったとき人は幽霊になってしまうから

 

矛盾に満ちた人のココロを

おいそれと言葉にしたくない

どんなに忙しくても気がせいていても

黙って目をのぞきこむつかの間に

ココロのもつれはほどけ始める

 

口ごもり絶句する沈黙で

月並みな決まり文句を拒むとき

言葉よりも繊細に手はココロに触れていて

一つのいのちともう一つのいのちとは

見えない微妙な力で輪になって結ばれる

 

嘘も偽善もない本当の言葉

それでいて人を傷つけることのない言葉

優しさが厳しさと矛盾しない言葉

言葉にならない静けさに根ざしている言葉

単純な挨拶にもそんな言葉はひそんでいる

 

運命の網に捉えられてもがくいのちたち

病む人の明日を自分の明日に重ね

点滅する数字にひそむ器械の思想にさからって

ともに日々を歩もうとするとき

老病死との和解が私たちを無辺の宇宙へ解き放つ

 

 

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