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浜松医科大学アントレプレナーシップ授業見学レポート

  • 雑誌「看護教育」
  • #アントレプレナーシップ
  • #起業
  • 2025/01/22 掲載
「看護教育」編集室

はじめに

浜松医科大学次世代創造医工情報教育センターの成瀬愛子先生から、同大学で行われているアントレプレナーシップ授業についてお話を伺い、さらに授業見学の貴重な機会をいただきました。

成瀬先生には、雑誌『看護教育』(2024 年 11-12 月号)「アントレプレナーシップ教育×看護学教育」の取り組み―学生に人生を切り拓く力をもたらすために」という特別記事を寄稿いただき、授業の構想、学生の声、教育の成果や今後の展望が詳細に語られ、浜松医科大学のユニークな授業の様子をご覧いただけます。

本レポートでは、アントレプレナーシップ教育の取材内容を基にして、成瀬先生の記事の要点や授業の様子を簡単ながらご紹介いたします。

画像クリックでHPにアクセスできます

アントレプレナーシップとは?

最近、アントレプレナーシップ(Entrepreneurship)という言葉を耳にする機会が増えています。この言葉は日本語で「起業家精神」と訳されることが多いですが、単に起業、ビジネスを意味するものではありません。アントレプレナーシップとは、生活や仕事の中から新しい価値を見いだし、社会課題を解決し、より良い未来を築くための意欲やスキルを指します。

現代社会では、国内外問わず多様な社会課題が増え、正解は存在せず、予測困難な状況が続いています。変化のスピードが速い今の時代では、ビジネスに限らずあらゆる分野でアントレプレナーシップが重視され、文部科学省も「さまざまな困難や変化に対し、与えられた環境のみならず、自ら枠を超えて行動を起こし新たな価値を生み出していく精神」と位置づけ、初等・中等教育からの涵養や教職員向けプログラムを推進しています1)

欧州委員会が策定したEntreCompでは、アントレプレナーの能力(アントレプレナーシップコンピテンシー)を 15 の要素に分けて示しており、これらは創造性やビジョン、課題解決力、他者との協働など、後天的に身につけられるスキルを含んでいます。

アントレプレナーシップコンピテンシー(EntreComp)15 項目

(雑誌掲載の特別記事より引用、成瀬愛子先生訳)

 

身近な具体例として、リクルート社によるオンライン教育サービス「スタディサプリ」が挙げられます2)。インターネットやスマートフォンの高い普及率を活用し、地理的・経済的な制約を超え、高校生が有名講師のオンライン講義を低価格で受けられるこのサービスは、アントレプレナーシップの成果物の 1 つといえます。

スタディサプリ公式HPより

 

特別記事では、看護に統計学を取り入れ、医療政策を変革することで「従来」を超え新たな価値を生み出しましたナイチンゲールが、ソーシャルアントレプレナー(社会起業家)の代表例として紹介されています。

医療教育におけるアントレプレナーシップの意義

医療現場では、日々直面する課題・問題や新たな挑戦に対し、柔軟に対応する力が求められています。これには、対象や地域社会の多様なニーズに応じた解決策の提案や、革新的な医療システムの開発・構築・改善が含まれ、多様な課題を乗り越えるための手段として、アントレプレナーシップが医療教育において大きな注目を集めています

医学生や看護学生、医療系学生へのアントレプレナーシップ教育は、臨床知識・技術の習得に加え、次のような重要な視点を育むことを目的としています。

  • 「なぜ」を問い続ける視点従来の方法にとらわれず、現状を批判的に考察し、より良い選択肢を模索する姿勢
  • 課題解決型の思考:現場で発生する問題に対し、実践的かつ創造的な解決策を見いだす能力
  • 未来志向の姿勢:好奇心を原点に、医療の新たな可能性を探求し、次世代の医療を形づくる力を養うこと

浜松医科大学のアントレプレナーシップ教育

浜松医科大学では、医学科と看護学科の合同科目「医療概論」の中にアントレプレナーシップに関する授業が全6回組まれています。講義では、アントレプレナーシップの基礎的な概念を学んだり、地元の起業家や卒業生の起業家を招待しての講演が組まれ、演習では、学生たちが実際に頭を動かし、課題発見やアイデア創出の体験をします。私は最後の演習の第 5, 6 回を見学しました。

第 5 回:課題を見つけ解決法を考案する(ブレインストーミング)

今回の演習テーマは、「困ったこと、怒りを覚えたことを想起し、その解決策を考える」でした。学生は日常生活での問題点や不満に感じることを自由に書き出し、そこから解決策を探るブレインストーミングを行いました。ワークの合間には、講師の齊藤岳児先生から多くのTipsが紹介されましたが、それらは日頃の学習や生活にも結びつく内容で、学生たちの関心を引いていました。

学生が書き出したアイデアは、教員が回収してランダムに配布し、他の学生がそこに感想、助言を書き加えた後に返却するプロセスが取り入れられ、学生が多様な視点や意見に触れる工夫がなされていました。

私が特に印象に残ったテクニックが、ノンストップライティングの手法です。質より量、反省をはさまないことを最優先に、とにかく手を動かし、思ったこと(アイデア)を書き出し形に表すと重要な一歩が踏み出せます。あえて紙に書くのがよいというアドバイスもありました。

第 6 回:リーンキャンバス作成、AIとアントレプレナーシップ

リーンキャンバスとは、課題やプロジェクトの全体像を1枚の紙にまとめるフレームワークで、アイデアの整理に役立ち、特にスタートアップや新しい取り組みを始める時に使われます。複雑なビジネスプランを書くのではなく、フレームワークを用い、シンプルに「誰に、何を、どうやって届けるか」を考えることができます。

さらに、ソリューション(課題解決)の話題から医療と技術革新の講義に移り、特に AI について齊藤先生から「テクノロジーは脅威ではなく共に歩むもの。テクノロジーを武器にしてアントレプレナーシップのマインドを持ち、現場の課題を解決し、仮説を解き明かしていくことが、これからの医療者(とそれを目指す学生)に求められる」と締めくくりました。

 

授業の終わりには、成瀬先生から、浜松医科大学や浜松市などが主催・共催するさまざまなアントレプレナーシッププログラムが紹介され、学生への参加を呼びかけました。

先日行われた「浜医やらまいかピッチ2024」の開催レポートを見ていると、学生や教職員の明るく楽しげな雰囲気、学長・理事との距離感の近さを感じさせます。一部門にとどまらず組織として、さらには、地域や自治体、企業と連携・協力しながらアントレプレナーシップを醸成しようとする思いを垣間見ました。

おわりに

浜松医科大学で実施されているアントレプレナーシップ教育は、医療現場や社会の複雑な課題に対応するための重要な力を学生に提供し、学生が「現状を変える力」を身につけるきっかけとなっていると感じました。

これからの医療において、技術革新と共に人間性や創造力を発揮するアントレプレナーシップはますます重要になっていきます。基礎教育からこの力を培い、社会に還元し、医療の未来を支える存在になることが期待されます。

[文献]

1) 東大IPC:アントレプレナーシップとは? 求められる背景や事例、教育を解説. 2021.

2) 文部科学省:全国アントレプレナーシップ人材育成プログラム(運営:監査法人トーマツ).

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