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理論と実践をつなぐ事例研究 看護理論活用ガイド
第3回 心的外傷後成長(PTG)の理論
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レクチャー
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- #PTG
- #事例研究
- 2025/08/04 掲載

「看護学生や(現場の看護師)が、 実践と看護理論を結びつけて実践を考えるために、看護教員ができること」 本連載では、ベルランド看護助産大学校で教員として勤務されながら、臨床看護学の研究にも携わられる角野雅春先生が、毎回1つの看護理論と共に、その看護理論を用いてどのように学生や看護師の実践を共に振り返ったのか、理論の説明と看護実践の2本柱で紹介いただきます。 |

何とか生きたい。妻の分まで生きたい――
今回は、実習で受け持った対象の言葉に心残りがあり、看護学生として、看護を担う者として、もっとできたことはなかったのかと思い悩んでいた看護学生Yさんと、本事例を振り返ることにしました。
事例紹介
看護学生Yさんは、骨髄異形成症候群(myelodysplastic syndromes: MDS)の男性患者(80代歳、妻と2人暮らし)を受け持ちました。受け持ち対象は70代で診断を受け、骨髄異形成関連の変化を有する急性骨髄性白血病に対し、月2単位程度の赤血球輸血を受け、数年にわたって治療療養していました。
今回、急性骨髄性白血病の進行に伴い終末期医療へのギアチェンジを要する状況であり、細菌性肺炎と輸血後鉄過敏症に対する治療のため入院となっていました。対象は「医師から白血病に移行しているという説明を受けました。つまりは病気が悪化しているということですね。覚悟はしていましたが……」と、自身の病状について認識していました。
対象はこのような入院経過の中、“妻の逝去”という一報を受けました。
対象の妻は対象と同じくがんを患い、数年前より入退院を繰り返しながら、共に闘病生活を支え過ごしていました。対象は、“自身の病状進行と終末期への移行”と、“妻の死といった喪失”の受容の困難さに直面していました。
受け持ち経過
看護学生Yさんは、受け持ち当初、対象から「主治医の先生から病状が悪化していると聞きました。もうすべてが怖いです」と、眉間にしわを寄せて、悲しげな表情や困惑した表情でお話しを聞く場面が多くあり、返す言葉に詰まっていたといいます。
Yさんは実習において、看護計画に骨髄異形成症候群に伴う身体症状の観察、終末期移行期にある患者の全人的苦痛へ関わりを通して、対象が安寧に過ごせることを長期目標に挙げ、看護援助にあたっていました。
また、肺炎による呼吸状態の観察、活動耐性低下に伴う皮膚統合性障害のリスク回避に向けた清潔援助や環境整備を実施していました。
先にも述べましたが、受け持ち当初、Yさんは返す言葉に詰まることが多くあり、「訪室すると対象から死に対する不安の言葉を多く聞く。訪室することで死に対する不安がさらに増大するのではないか」といった感情を抱き、訪室することと不安の傾聴の間で迷いが生じていました。
そのような中、Yさんは対象の治療や療養が少しでも前向きに進むよう、積極的に「動くことはしんどいですか?」など、対象の身体的辛さを尊重した声掛けを続けていました。看護学生Yさんは徐々に対象から「そんなことはない。妻に会うために、家に帰るために、少しでも体を良くしなくてはならない」と、ポジティブな言葉を聞くことができるようになり、このような関わりを続け、3日目の実習を終えました。
この時点で、Yさんは、対象の病状悪化に伴う倦怠感、肺炎に伴う呼吸困難感の緩和に繋がる看護ケアに努めながら、思うようにいかない療養行動の辛さにおいても対象が不安を表出できている強みに関わる一方で、対象が終末期に向かう中で自己の存在や自分らしさを見失い孤独や不安を感じている様に対して、病気を乗り越え、妻と暮らすため、「少しでも良くしたい」という対象の想いを支える看護とは何かを考え始めていました。
そのような中、Yさんは実習4日目を迎えました。そして、対象から次の言葉を聞きました。
妻が亡くなりました。訪問看護師さんから病状は安定していると聞いていました。
覚悟はしていましたけど、僕はこれからどうしたらいいのでしょう。
Yさんは、「妻が亡くなった」と涙ながらに話す患者の深い喪失感に共感し、涙をこらえることができない状況でした。そして、対象へかける言葉が見つけることができないでいました。
しかし、Yさんは、患者の手に触れ、傍らに居つづけました。Yさんは、この時に感じた自身の無力さや戸惑いから、終末期にある対象の悲嘆と、苦痛に対する看護のあり方について、悩み始めたのです。
心的外傷後成長(PTG)の理論から看護の意味を考える
「大切な人を失う」ということ
大切な人を失うことは辛い経験であり、通常は悲嘆と精神的苦痛が続き、信じられない気持ち、ショック、罪悪感、孤独感、空虚感、絶望感などの感情を経験します。大切な人の死に直面すると、生の意味が揺らぎ打砕かれることさえあります。
多くの場合、人は死にゆく人のプロセスを見たり、死去された方を目にすることで、悲しみの経験に加えて、人生の意味を見つけたりします。
悲嘆と苦痛を克服する対処として、
- 喪失の事実を受容する
- 悲嘆の苦痛をのりこえる
- 死者のいない環境に適応する
- 死者を情緒的に再配置し生活を続ける
という方法があります。
死別による悲嘆に直面している人々への援助や支援はビリーブメントケアと呼ばれ、死別後の生活や人生への適応という観点から、その重要性が提言されています。
しかし、本事例において対象は、自らの病状や終末期にある不安や恐怖が日々募る中、対象にとって生きる意味であった“妻の死”という衝撃を受け、またその後も自身の病状が芳しくないことから、亡き妻の姿に会いに行くことも、葬儀に向かい喪に服すこともできていませんでした。
看護学生Yさんは対象から「妻は本当に死んだのか?」「お骨はどうなっているのか?」とそわそわと落ち着かないでいる様や、どうにもできないやり場のない気持ちが自身の病状増悪にも向かい、自らに対する怒りの感情が垣間見られており、Yさんは、できる限り傍らで対象の言葉を聞くように努めていました。
トラウマティックな出来事は私たちにとって予測できず、コントロール不可能なものです。トラウマを経験すると体は衝撃を受け、心は打ちのめされます。今回の対象にとって、共に病気を生き抜いていた妻の逝去は、危機的な出来事だったでしょう。
心的外傷後成長(PTG)とは
終末期にある対象の病気や療養を支える看護を実施していたYさんにおいても、看護実践の迷いや困難さが生じていたのではないでしょうか。
そこで私は、Yさんと、対象が自身の病状の進行や悪化、終末期へのギアチェンジを迎える中で、がんを患い共に闘病中であった大切な妻を亡くした対象の心理的変化や葛藤を傍らで感じていたYさんの看護実践を振り返るため、本事例に対して心的外傷後成長(posttraumatic growth:以下、PTG)の理論を用いて、看護の意味について探ることにしました。
PTGとは、危機的な出来事や困難な経験的精神的なもがき・戦いの結果生じる、ポジティブな心理的変容の体験と定義されます1)。
大切な人の喪失により、人生の意味を見失うほどのトラウマ的な経験である心的外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)に移行するのではなく、自身の信念や世界観において情緒的苦痛のコントロールや熟考の方向転換、人生の目標の見直しなど、トラウマ体験を理解できた場合、PTGがもたらされる可能性があるとされます。
PTGは、
- 他者との関係
- 新たな可能性
- 人間としての強さ
- 精神性的かつ実在的な変容
- 人生への感謝
という5領域において経験するとされます。
(図1) PTGの理論モデル ※秋山美紀,ほか: 看護のためのポジティブ心理学.医学書院,p.257,2021.より
PTGは上記の理論モデル[図1]が示すように、トラウマ的な辛い出来事を経験したからといって自動的に経験されるものではなく、起こった出来事に対するその人なりの精神的なもがきを通じて経験されます。
PTG理論に基づくプロセスの要因は、その人の持っている個人的な要因、認知的なプロセス、自己分析・自己開示、社会的文化の影響などにより生じるとされます。
PTGのモデルでは、トラウマ前の個性に、自己像や世界観を大きく揺さぶる出来事が起こり、それまで培われてきた信念が揺らぐことにより情緒的苦痛が高まることを示しています。
自動的・侵入的な反裂思考からはじまり、社会文化的影響を受けつつ自己分析や白己開示を行うことにより、情緒的苦痛が管理され、意図的な熟考や、スキーマの変容、語りの修正といったより慎重な反努思考からPTGへと繋がるとされます。
PTG理論を用いた看護学生Yさんの看護実践の分析
Yさんの看護実践
Yさんは、対象は“妻の死”からの数日の間、「僕の人生は終わりだ」「人生諦めだ、入院していても意味がない」など、生きる意味や目的を見失ったような言葉を多く聞いていました。
次第に、「妻をほったらかしにして、職場に泊まったり、家に帰らなかったりしていた。妻に何もしてあげられてなかった」「家に帰ってももうしかたがない。妻はもう居ないのやから」と、後悔の念に駆られているような言葉を聞くようになっていきます。
そして、Yさんは、対象の「なんのために入院しているのか分からなくなる」「覚悟はしていたが、妻が先に亡くなるなんて……」という言葉を聞き、妻と共に闘病し、生き抜くことが、対象の人生の意味・目標であったのだと理解していきます。
さらに、この時放たれた、対象の「みんなに見捨てられてしまう」の言葉には、“妻の死”、そして“妻の喪失”を受け入れられない精神的なもがきがあったのではないかと振り返りました。
また、対象は、彼の弟の面会時には涙ながらに「どうしたらいいか分からない」「死んだ方がましやと思う」と感情を露わにしていました。そして、目標や希望の無さや混乱を来たす対象に対し、対象の弟は「まだ死んだらあかん。家に帰って仏壇に手合わせるのだろ」と声を掛けていました。そして、そんな弟と共に、Yさんは対象を支え続けていました。
積極的に訪室し、対象と関わる時間を多く作り、「どのようなことでも私たちに話してください」と声をかけ、対象の孤立感や安寧につなげることを目的に、“他者と関わりがあること”、“共に居るという感覚を持てる”といった看護の姿勢を持ち関わり続けていました。
加えて、対象は入院してからほとんどの時間をベッドで過ごしており、「身体が思うように動かない。(ずっとベッドに居ると)生きているのか、死んでいるのか分からない」と話していました。さらに、妻の逝去後に対象が話した「なんのために入院しているのか分からなくなる」という言葉を受け、Yさんは、対象が自身の置かれた状況を捉え直し、辛い出来事に意味を見いだす意図的熟考(後述)に向かえるよう、車椅子移動で病棟内を散歩し、身体活動の活動を提案、実施していきました。
対象は自身の身体に苛立ちを感じていましたが、「少し良くなった気がする」と、少しでも身体を動かせたことから、これまでの自分の姿を取り戻し、「家に帰って妻の仏壇に手を合わせたい」と、少しずつ妻の死を受け入れていく様をYさんは捉えることができていました。
そして、「妻の分まで生きたい」という言葉も聞かれるようになりました。
Yさんは、一時は妻の死から後悔の念が見られていた対象に対して、毎日時間の許す限り病床を訪れ、対象の思いを聞き続けていました。このような行動・関わりは対象の感情の表出となり、対象の中で情緒的苦痛のコントロールに繋がったのではないかと考えられます。そして、このことが、対象の治療に向かう前向きな姿勢の促進にも繋がったと考えられます。
PTG理論を用いた看護実践の分析
配偶者の死は、残された夫や妻にとって衝撃的な体験であり、それによって引き起こされる影響は極めて大きいでしょう。また、配偶者の死による影響は悲嘆を中心とする精神的側面だけに留まらず、身体的側面にまで及ぶと予測されます。
そして、本事例のように、自身も闘病である中において、大切な人の死を体験した対象にとって、自信の力のみでPTGの過程を辿るには限界があるでしょう。今回、Yさんは、看護を担うもとして対象の悲嘆から目を背けず、日々変化する悲嘆感情と向き合い、常に対象の感情表出が出来る環境づくりをしていました。
よって、対象はありのままの思いを常にYさんに表出することができ、当初は自身の生きる意味を見失っていましたが、最終的には「配偶者の死を弔うために何とか生きたい」と、自己の存在意義や生きる意味を見いだすことに繋がっていたと言えます。
PTGを実感できるためには、
- 徐々に起きた出来事に向き合っていくこと
- 人と話すこと(自己開示)
- 自分に起きた出来事がどんな意味を持つのかを自問自答すること(意図的熟考、建設的反芻)
- 出来事を振り返ること(自己分析)
の4点が挙げられます。
まとめ
今回のYさんの対象への関わりは、対象の「何とか生きたい。妻の分まで生きたい」という言葉を引き出し、これまでの、そして、これからの対象の人生を支える看護であったと考えることができます。
トラウマティックな出来事に遭遇してしまった時だからこそ得られる人生の意味づけや、その体験を基にした成長を考え、ケアすることは、これからの対象の人生に少しでも意味を見いだすよう、支援することに繋がります。
PTGのきっかけとなるトラウマティックな出来事は私たちにとって予測できず、コントロール不可能なものです。トラウマを経験すると体は衝撃を受け、心は打ちのめされます。今回の対象のように、共にがんを生き抜こうとしていた妻の逝去は、PTGのきっかけとなり得ると考えました。
Yさんは、「はじめは、看護援助としてなにかしらの具体的な援助をしなくちゃならないと思っていた」と話します。今回、YさんはPTGモデルを用いて振り返ったことで、
自分が何かを変えようとする(Doing)のではなく、そばに居て支持をする(Being)という看護の意味の理解を深められた。
と感じることができました。
患者が辛い経験をしている時は、精神的にもがいている時でもあります。そのような時、私たちは、問題を取り除いて解決を目指すのではなく、患者自らでストレスに対して「適切に」対処できるように支えることが必要であると考えます。
患者の、対処していこうとする力を信じることが、寄り添う看護であると考えます。そして、患者と関係を築くためには、患者の経験を聞き、もし自らの感情を言語化することすら難しい状態にある場合は、その心情に配慮し、患者に対して心づかいを常に伝えつつ見守ることが重要であり、対象の語ることができるようになった場合には関心を寄せ、傾聴することが大切であると考えます。
[引用・参考文献] 1)RG Tedeschi, LG Calhoun: The Posttraumatic Growth Inventory: measuring the positive legacy of trauma.Journal of Traumatic Stress, 9(3):455-71, 1996. ・秋山美紀, ほか : 看護のためのポジティブ心理学. 医学書院, 2021. |