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看護教員がいろいろな「先生」に話を聞いてみた
鈴木義幸氏に聞く 人を動かす「アクノレッジメント(承認)」の力
- インタビュー
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- 2025/01/10 掲載
エグゼクティブコーチ /国際コーチング連盟 マスター認定コーチ /(一財)生涯学習開発財団 認定マスターコーチ
慶應義塾大学文学部卒業。株式会社マッキャンエリクソン博報堂(現株式会社マッキャンエリクソン)に勤務後、渡米。
ミドルテネシー州立 大学大学院臨床心理学専攻修士課程を修了。
帰国後、有限会社コーチ・トゥエンティワン(のち株式会社化)の設立に携わる。
2001年、 法人事業部の分社化による株式会社コーチ・エィ設立と同時に取締役副社長に就任。
07年1月 取締役社長、18年1月 代表取締役社長就任。25年1月より現職。
これまで数百名にわたる経営者のエグゼクティブ・コーチングを実施するとともに、数多くの企業の組織変革を手掛ける。
『新版 コーチングの基 本』(日本実業出版社)、『承認が人を動かす』 (ディスカヴァー・トゥエンティワン)など著書多数。
インタビューの前に 私は看護教員として、「学生には主体的に行動し自ら学びを深めながら成長してほしい」と考えています。しかし実際には、なかなか思うようにできていません。相手に主体的に行動してもらうための行動変容を促すアプローチ方法について考えたとき、私が過去に受けた経験があるコーチングという手法が、看護教育の場にも活用できるのではないかと思いました。特に、コーチングのなかでもすぐに活用しやすい「アクノレッジメント(承認)」に興味をもちました。 |
主体的に考えて動く力が成功体験につながる
佐々木 「コーチング」は主体性を育むことのできる1つのアプローチとして、ビジネスだけでなく、医療現場でもよく耳にします。はじめにお聞きしたいのですが、鈴木さんご自身、主体性が重要だと実感された体験はおもちでしょうか。
鈴木 中学・高校時代のラグビー部での経験が大きかったです。当時の監督は、ラグビー経験がある人ではなかったのですが、ビジョンはとても明確で、「東海大会で優勝して、花園(全国大会)に出る」と私たちに示したんです。監督にラグビー経験がないため、「じゃあ、大会で優勝して花園に出るためにはどうしたらいいか?」と、自然に練習内容を自分たち部員で考えることになりました。たとえば朝集まって練習するのはもちろん、昼間もお弁当を食べ終えたらグランドに集まったり、自分たちで独自のサインプレーを考えてそれを使ってみたりとか、皆が主体的に動くようになっていました。その結果、それまで優勝したことが一度もなかったチームが、地区大会優勝、花園出場と夢を実現していったのです。今、その高校は花園出場の常連校になっていています。人が自ら考えて動くということにこんなにも力があるのだと、体験的に学びました。
コーチングと出会うのはそれからまだまだ先の話ですが、この学びは、コーチという職業を選ぶ原体験になっているかもしれません。
人の行動を促す3要素:「意味づけ」「学習・成長の機会」「アクノレッジメント(承認)」
佐々木 ところで、私自身、過去にコーチングを受けた経験があり、鈴木さんの本も読ませていただきました。看護教員としてコーチングを活用することで学生の主体性を育みたいと思っているのですが、実際にはまだ何もできていません。まずは何から意識していったらよいのでしょう。
鈴木 相手に主体性をもってもらうには、まず自分自身が相手に関心をもつことが重要です。そうすれば、相手の行動のきっかけとなる言葉や状況を注意深く観察することができるからです。
佐々木 なるほど。コーチングを行う前に、自身の姿勢を意識すべしということですね。
鈴木 コーチングの話の前にもう1つ意識してほしいことがあります。「人の行動を促すための3つの要素」についてです。まず「意味づけ」は、何のために行動するのかを明確に示すことです。次に「学習・成長の機会」があり、新しいことを学ぶ機会があることが重要です。最後に「アクノレッジメント(承認)」があり、他者から認められることがモチベーションを高めます。これら3つが揃うとモチベーションが高まりますが、どれか1つでも欠けると効果が薄れてしまいます。そのため、たとえば「意味づけ」が薄いときは「アクノレッジメント(承認)」に力を入れることで、モチベーションを底上げし、次のステップへと促すことができます。
佐々木 「アクノレッジメント(承認)」はコーチングの1つのスキルですね。相手を「ほめる」ためには、先ほどのお話にもあったように、よく観察することが大切になってきますね。
鈴木 いま、「ほめる」というワードが出てきましたが、「アクノレッジメント(承認)」という言葉には、「その人が存在していることを認める」という意味があります。「ほめる」は上位者からの評価で、あくまで「アクノレッジメント(承認)」のアプローチの1つなのです。
佐々木 評価的な意味合いではなく、相手の状況や反応に関心をもって、相手の存在を認めていることも「アクノレッジメント(承認)」なのですね。
コーチングにおけるタイプ分類に基づいた「アクノレッジメント(承認)」方法
佐々木 コーチングを学習したとき、「タイプ分け™」という考え方を習いました。思考のパターンとコミュニケーションの仕方によって、コントローラー、プロモーター、アナライザー、サポーターの4つのタイプに分けられるというものです(表・図)。
表 4つのタイプ
コントローラー 行動的で自分が思ったとおりに物事を進めることを好む
プロモーター アイデアを大切にし、人と活気あることをするのを好む
サポーター 他人を援助することを好み、協力関係を好む
アナライザー 行動に際して多くの情報を集め、分析、計画を好む
図 タイプ分け分布図
株式会社コーチ・エィ提供
「Hello, Coaching!」【図解】「タイプ分け™」とは 〜あなたはどのタイプ?タイプ分けで上手くいくコミュニケーション(https://coach.co.jp/whatscoaching/20170821.html )
ちなみに私は、もっとも得点が高かったのがアナライザー、次がサポーターだった記憶があります。今回のテーマである「アクノレッジメント(承認)」に目を向けると、相手のタイプによってその方法を変えたほうがよいのでしょうか。
鈴木 タイプによって「受け取りやすいアクノレッジメント(承認)」というものがあるようです。コントローラーにはその人自身ではなくその人の「外側」、例えばチームメンバーのこと、担当しているお客様のことなどを、サポーターには些細なことでもその人がしてくれたことを、アナライザーには相手の専門性を具体的にアクノレッジし、プロモーターにはとにかくほめ言葉を伝えると効果的とされています。
佐々木 なるほど、私がコーチングを受けたときは、自分のタイプとその承認方法がとても当てはまっていると感じました。しかし、実際に自分が学生相手に実践しようとしたときに、相手のタイプを推測して、実際に有効と思われる承認をしても相手の反応がイマイチのときもありました。
鈴木 「タイプ分け™」はあくまで、「そのタイプの特性が強く出ている人」という認識で使う必要があり、「この人は〇〇タイプ」と決めつけてコミュニケーションをするのは危険です。人は、たとえばコントローラー的な要素しかもたないということはなく、複数の要素も併せもっているからです。相手の反応が薄いときには、複数のアプローチを試しながら、相手にもっとも効果的な方法を見つけていくことが有効だと思います。
ロサンジェルス・ドジャースの監督を務めていたトミー・ラソーダさんはこう言っています。ほめるというのは、ただ「すごい!」「素晴らしい!」という美辞麗句を投げかけることではなく、相手が心の底で他者から聞きたいと思っている言葉を伝えることだと。たとえば、ヒットを打ったジョンという人がいるとします。そのジョンにまず、「君は天才だ!」」と声をかけてみます。でもジョンはまったく表情を変えない。つまり、これは相手に刺さらなかったということです。次にジョンがヒットを打った際、「ジョン、あの低めのストレートをよく軸をぶらさずに振り抜けた!」と言ってみる。そうすると、ジョンは笑みをこぼす。相手に刺さったわけです。つまり、どの表現が相手に刺さるのかはなかなかわからないので、やってみて相手の表情・反応を見て、データベースをつくっていくのがよい、ということなのです。
佐々木 勉強になります。諦めずに、試行錯誤してみる、そして、引き続き相手に関心をもって観察していくということですね。ちなみに、鈴木さんは普段の生活で、意識せずにタイプ分けをしてしまうことはありますか?
鈴木 コミュニケーションがうまくいかないときに「この人はどういうタイプだろう」と考えることはありますが、やり取りがうまくいっているときに意識的にタイプ分類をすることはないですね。もちろん無意識にやっている可能性はあるかもしれませんが(笑)。
佐々木 コミュニケーションがうまくいかないときこそ、どのようなタイプなのか、どのような特徴があるのかを分析し、データベース化していくのがよいということですね。
大人数の講義に「アクノレッジメント(承認)」を取り入れる工夫
佐々木 大人数の講義では、その内容に関心をもつ学生が限られることがあります。そのため、学生全員が主体性をもって参加できるよう、グループワークを取り入れて自分の考えを発信させたり、他の意見を聴く機会をつくったりしています。大人数の講義で学生がもっと主体的に参加できるための工夫ができないか悩んでいます。何かアドバイスいただけないでしょうか。
鈴木 集団を一斉に動かすのは難しいですが、個々を巻き込むような問いかけを通じて、学生の意見を引き出す、それをさらにみんなで考えていくというスタンスが、講義には取り入れやすいと思います。ハーバード大学教授のマイケル・サンデル氏の講義を例として挙げると、簡単には答えのないような問いかけを使っています。たとえばトロッコ問題です。「暴走する路面電車の前方に5人の作業員がいる。このままいくと電車は5人をひき殺してしまう。一方、電車の進路を変えて退避線に入ることもできるが、その先にいる1人の人間をひき殺してしまう。あなたはどうする?」。こういった問いが投げかけられると、いやおうなし脳は活発に動き、授業に巻き込まれるわけです。このように、講義で学生を巻き込むには、単なるレクチャーではなく、問いかけを通じて彼らの脳を刺激することが効果的です。学生が主体的にかかわりやすくなります。
佐々木 なるほど。問いかけを通して学生を講義に巻き込んでいくのですね。他に意識すべきことはありますか?
鈴木 意見が出た際には、その方の考えや起こした行動を「アクノレッジメント(承認)」することが重要です。行動を起こさせてから承認しないと、何もやっていない人に「がんばっているね」と言うようなものになってしまいます。
また、動きをつくるのも有効です。以前、企業向けの研修を行ったとき、最初に手を挙げてもらうことがありました。たとえば、「今日どんな思いでこの研修に参加していますか?」と全体に質問を投げかけます。そして、「何かを得たいといったモチベーションが高いという方はパーで手を上げてください」「もう全然モチベーションがない、いやいや来たっていう人はグーで」「まあまあどっちでもないけど、真ん中ぐらいかなって方はチョキで」といったように伝えて、「せーの」で全員に手を挙げてもらいます。ここがポイントですね。
よくある「〇〇の人はいますか?」というやり方はお勧めしません。どうしてかというと、やる気のない人はそもそも手を挙げないからです。でも、「パーかチョキかグーか、全員挙げてくださいね。さあ一斉にどうぞ!」と伝えると、相手は反射的に手を挙げてしまう。すごく細かい話をすると、テクニック的には、「それでは手を挙げてください。いいですか? いいですか? さあ、どうぞ!」と、せかすように言うと手が挙がっちゃうんです。全員が手を挙げるので、「質問に対して手を挙げてくださってありがとうございます」と伝えます。このように、全員が必ずいずれかの選択肢を選ぶように一斉に手を挙げるようなアクションを促し、参加してくれたこと自体に感謝すること、そして承認することでも関係性はでき上がっていきます。
佐々木 確かにそうですね。学生自身にも、自分が授業をつくるひとりであるといった意識をもってもらうことがとても大切であると感じました。特に、全体で一斉に手を挙げる方法は、日本人の気恥ずかしさを緩和し、参加しやすくする効果があると思うので、グーチョキパーのアクションでダイナミックに全体を巻き込んでいくことが大事であると感じました。早速試してみます。
学びの環境を整える
鈴木 日本の教育では、正解を求める文化が強く、教員が質問すると学生には正解を見つけなければならないというプレッシャーがありますね。
佐々木 よくわかります。自分自身も同じような傾向に陥りがちです。幼い頃、そのような教育を受けてきたことも影響していそうです。
鈴木 しかし、教師が一緒に探索する姿勢を示すことで、「問いの共有」が生まれて、みんなで考える楽しさや連帯感が増す効果が生まれます。例えば、「1+1はいくつだと思う?」という問いは、明らかに2という答えをもっていておもしろくないんです。そうではなく、「答えが2になる計算式にはどういったものがある?」というような問いをします。これであれば、「いろんな可能性をみんなで考えよう、探ってみよう」という問いかけになって、みんなで一緒にやっている感じになると思います。このように単純な計算問題でも、さまざまな可能性を考えるような問いを教える側が提示することで、より協力的な学びの環境がつくれるということになります。
佐々木 環境を整えるということですね。いろんな答えが生まれてくる可能性のある問いであれば、学生のプレッシャーも軽減され、主体的に参加しやすくなりそうですね。私も、講義の内容にもよりますが、学生に「これは答えがない問いで、みんなの考えを共有するものだから、間違いとかは全然ないんだよ」と最初に伝えることがあります。心理的安全性を保つことを意識していますね。それでも、積極的な発言は多くないなという印象があります。ただ、発言がないから、近くの人とスモールグループを組んで意見を交換してみることを促すと、学生は発言したりするんですよね。友達同士で座っていることも多いので、話しやすい、心理的安全性が確保された環境になっているのかなと思っています。
鈴木 そうですね。それもありますし、他には物理的な環境も影響があると思っています。たとえば日本人は、中華の大きな円卓で会食すると盛り上がりにくいです。円卓だと、特に対面の人との距離があるからです。反対に、皆がそれぞれ近い距離となる居酒屋では、盛り上がりやすい傾向にあります。このように、距離感はとても重要で、日本人の特性からみると、本来、大きな教室のような広い空間での講義は盛り上がりにくいのです。企業のミーティングルームなどをつくる際には、クリエイティブな議論を活性化させるために、色覚的な要素や距離感を活用した環境を意図的に整える手法も用いられます。
カルロス・ゴーン氏が日産自動車にいた頃、研修施設内に壁が真っ赤なクリエイティブルームがありました。そこには、小さい丸い机に椅子が6つ据え付けられていました。そこに座ると、すごく距離が近くなるので、黙っていられなくなるのです。何人もの人が近い距離で座って黙っているのは、居心地が悪くなってしまう。赤い壁なのは、マタドールの闘牛と同じで、色彩心理学的には赤を見ると脳が興奮して活性化することがあるため、クリエイティブなことを議論して盛り上がりたい時に使われているようでした。このような環境のセッティングは、何をしゃべるかといった内容と併せて、実はとても重要であるとされています。
佐々木 物理的な距離の近さという環境も大事ということですね。色彩心理学を取り入れるという視点も、とても興味深いです。ただ、教室の壁を全部赤にするっていうのは、現実的ではないですが(苦笑)。どうしても「何を話すか」に意識を集中させがちですが、それだけではなく、学びの環境を整えることも意識したいなと思いました。心理的な環境だけでなく物理的な環境にも目を向けてみる、そこに工夫を凝らすことができるという新たな視点を得ることができました。
教員自身が意識を変え成長することが、学生の成長につながる
佐々木 今まで学生自身に変わってもらうためにはどうすればよいのかといった意識で考えていましたが、今回のお話を通じて、まず教員自身の意識を変えていくことも重要だと感じました。そうすれば、学生自身が自ら学ぶ環境をつくることができる。その環境のなかで学生に関心をもち、問いかけることで主体性を引き出すことができる。そしてそこでも、生徒たちへの「アクノレッジメント(承認)」が大事だということですね。
鈴木 その通りです。教員の皆さんご自身が成長し続けることが、学生の成長を促すための第一歩です。また、教員の方々が変われば、学生に対するアプローチも変わり、よりよい学びの環境がつくれるようになります。学生を動かすためには、まず自分自身が変わる覚悟が必要です。
佐々木 今日は本当に多くの学びがありました。学生をどう動かすかということは、看護教育の現場でも常に課題としてありますが、「問いかけ」「アクノレッジメント(承認)」などを活用することで、その解決の糸口が見えたように感じます。今後、授業や学生指導に取り入れて、より主体的な学びを促したいと思います。明日から早速、授業で試してみたいと思います。ありがとうございました。
インタビューを終えて 人の行動を促す3要素に始まり、具体的なアクノレッジメント(承認)の方法までお話しいただけたことで、大多数ので工夫できるヒントをたくさん得ることができました。なかでも、学びの環境自体にもアプローチができるということは非常に興味深い視点でした。また、今回の企画を通して、学生自身の意識を変えるということのみに捉われていた自分に気づくこともできました。教員自身から主体的に動いて変わって成長していく姿勢が学生の成長に繋がっていくと気付いたときは、はっとさせられました。視野が狭まっていたなと。 学生それぞれにとってどんなことがアクノレッジメント(承認)となるのか、すぐに答えはでないことですが、関心をもち続けて学生それぞれの反応を観察していこう、教員から主体的に変わっていこうと思えたインタビューでした。 |