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【小説】ワースト・ナース~看護教員のリアル~
第 1 話 愚痴
- #看護教員
- #看護学生
- 2025/07/22 掲載

「ちょっと愚痴っていい?」
私の研究室を訪ねてきた同僚の優希が、ため息交じりに言った。
私は苦笑しながら椅子をすすめた。
優希は大学時代の同期で、成人看護学領域の教員だ。
長いあいだ臨床で働いていたが、今年から私の勤務する大学で看護教員になった。
一方の私は、基礎看護学領域を担当している。看護教員になってもう10年目だ。
立場的には優希の先輩ということになる。
「領域別実習に来ても血圧測定すらまともにできないって、どういうこと? 病院に来る前に練習しておいてってあれだけ言ったのに……自立できるまで何回付き添ったと思う?」
「それは厳しいね」
私の眉間にも自然と皺が寄ってしまう。
「アセスメントの方はどうなの?」
「糖尿病の患者さんを受け持たせてもらってるのに、血糖の基準値すら言えないレベル。『わかりません』とか『調べていませんでした』って言うならまだしも、 『150くらいですか?』とか普通に聞いてくるんだよ? 悪気がないから余計困る」
私は思わずうなった。
「私も、ここ数年は学生と話していて言葉に詰まるようなことが多い気がするね、確かに」
「そうなの、もう 3 年生だよ? しかも自己評価がメチャクチャ高い。教員評価とかけ離れすぎ。教員や臨床指導者からさんざん指摘されてて、しかもほとんど実践らしい実践もできていないのに。なんでその状況で評価が『できた』になるんだー! って。もう、どう指導したらいいの……」
私は再度苦笑した。優希に共感しながらも、愚痴の対象になっている学生に同情した。
かつての私も、「指導が難しい学生」の一人だったからだ。
「患者さんが退院したから、また新しい患者さんを受け持たせてもらったのね。 でもその学生、その日の夜に私にメールしてきて、『一日目だから情報収集だけでいいですか?』って。いやいや、基礎の実習じゃないから、実習初日でもないから。患者さんと一緒に術前の説明を聞かせてもらうとか、術後ベッドの準備をするとか、一人目の患者さんのとき指導されたことが山ほどあるでしょうに……しかもなぜに夜にメール? 21 時近くだよ? 友達じゃないんだから……」
「夜にメールで聞く内容ではないね」
私はあちゃーという顔をした。
学生との連絡もメールが主流になってきた昨今、ごく一部ではあるが、
実習時間を大幅に過ぎても教員に連絡してきてしまう学生がいる。
他の学生もいる手前、一人だけ特別扱いするわけにもいかない。
「まあ、切羽詰まったからだと思うけど。とりあえず今言ったようなこと伝えて、『もし難しいようなら情報収集だけでもいいです』って返したの。そしたら今度は返信こなくなって、次の日『体調不良で欠席します』、だって……」
「きっと、実習初日と同じようなことをすればいいって考えたんだろうね。なのに自分では想定していなかったこと求められて……という感じかなあ」
「こっちは実習目標が達成できるように指導してるだけなんだけどね……事前に学習しておけば実習中に後手後手になることもないはずなのに。それを “めんどくさい” “やる気ない” っていうのが明らかにわかる態度で参加されて、最後は実習まで休んで……ホント、どうすればいいんだろう。これって教員がなんとかしないといけない問題なのかな」
優希の最後のつぶやきは、ときおり私の葛藤でもあった。
学生だけが悪いとは思わない。学生にも、口には出せない事情や理由があるのかもしれない。
けれど、教員ができることにも限界があるのも確かだ。
私は自然と、学生時代の自分を思い出していた。
どうしようもなかった看護学生だった頃のことを。