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【小説】ワースト・ナース~看護教員のリアル~

第 18 話 お休みしたいと思います (2)

  • #看護学生
  • #看護教員
  • 2026/07/06 掲載
橘一沙

翌日、川崎は実習に出席した。

 

「おはようございます」そう言って、小さな声で頭を下げる。

「体調のほうは、だいぶ良くなりました」

 

「そう、よかった」

 

「まず、患者さんのところへ挨拶に行こうか。丸 2 日間会えてなかったから」

 

「はい」

 

「そのあと、一緒に患者さんの情報を整理していこう。全部 1 人でやろうとしなくていいから。わからないことは一緒に考えてみよう」

 

川崎は少し驚いたような顔をしたあと、小さくうなずいた。

 

病室の前まで来ると、彼女の足がわずかに止まった。

私は気づかないふりをして、先にドアをノックする。

 

「失礼します」

 

患者はベッドを少し起こした状態でテレビを見ていた。

私たちに気づくと、穏やかな表情を向ける。

 

「しばらくお休みしてしまって、すみませんでした」

川崎は緊張した様子で頭を下げた。

 

患者は「体調悪かったんだってね」と言って笑った。

 

「学生さんも大変だよねえ」

 

その言葉に、川崎はうまく返事ができないようだった。

重い病気を患った方に体の心配をされては、学生も、私も、立つ瀬がない。

 

「手術した傷の痛みはどうなりましたか?」

川崎が聞いた。

 

「動くとまだちょっとね。でも、前よりはいいかな」

 

患者は腹部を軽くさすりながら答えた。

 

「昨日、少し歩いたんだけど、やっぱり痛いし、疲れるね。かなり体がなまってるわ」

 

川崎はうなずきながらメモを取っている。

休む前よりはだいぶ患者さんの様子を確認できているように見えた。

最初は羅列した観察項目を読み上げながら機械的に質問しているような状況だったからだ。

 

「今一番お辛いことはなんですか?」

 

「うーん……痛みもだけど、思うように動けないことかな」

 

患者は苦笑しながら続けた。

「トイレに行くだけでも時間かかるし」

 

その言葉に、川崎の手が少し止まる。

私は黙って様子を見ていた。

 

「……看護師さん呼ぶのって、やっぱり気をつかいますか ?」

 

川崎が聞いた。

いったい何を感じ取っての質問だったのだろう。私は少し驚いた。

患者さんは私のほうをちらりとみながら、「まあね」と笑った。

 

「すごく忙しそうだから」

 

しばらく患者とのやり取りを見守ってから、私は退室した。

川崎がカンファレンス室に戻ってきてから、患者の様子について尋ねた。

川崎がこの 2 日間のことをおおよそ確認できていたようだった。

 

「……私、ちゃんと患者さんのことを聞けていなかったんですね」

 

「どうしてそう思ったの?」

 

「前は事前に考えていた質問だけ口にして、患者のことを全然見られていなかったと思います」

 

「今回は違った?」

 

「はい。まずは患者さんの様子を見て、今困っていることは何かに、意識が向いたように思います」

 

私はうなずいた。

「何か自分の中で変わったことがあったのかな?」

 

「私というより、先生がいてくれたから落ち着いて話せたという気がします。それに、『一緒に考えよう』って言ってくれたので」

 

私は正直驚いた。川崎のような学生は、教員が傍にいられると、むしろ緊張して言いたいことも言えなくなってしまうと思っていたからだ。

そのため今までは、なるべく遠くから見守るようにしていたのだ。

もちろん、その後の確認や助言は欠かさず行っていたが。

 

「私、考えてきたことをちゃんと実践しなきゃ、ってことばかり考えていた気がします」

 

その言葉に、私は少し考え込む。

 

“ちゃんと実践しなきゃ”

 

最近、本当によく聞く言葉だった。

 

ちゃんと勉強しなければ。

ちゃんと記録を書かなければ。

ちゃんと患者さんと関わらなければ。

 

その “ちゃんと” に押し潰されるように、動けなくなる学生がいる。

けれど、患者さんは待ってくれない。ちゃんとすることは大事だが、身動きがとれなくなるようではやはり問題と言わざるを得ない。

それは、学生の言う “ちゃんと” からは程遠い行為だった。

 

昼のカンファレンス後、臨床指導者が私に声をかけてきた。

 

「川崎さん、出てこられてよかったです。患者さんとも前より関われるようになったみたいで」

 

「質問することに必死だったらしいです」

 

「真面目なんでしょうね」

 

しかし私の中では、「それでよかった」ということにはならなかった。

その一言で片づけていい問題なのか、わからなかったからだ。

事実、彼女は 2 日間も実習を休んでしまい、臨床から、患者から離れてしまっていた。

 

その日提出された川崎の記録(アセスメント)を確認する。彼女が休んでいる間に記述したものだ。

病状についてはおおよそ理解できていた。患者の情報も整理されている。

ただし、患者の訴えについては、ほとんど記載されていない。

ほとんど関われていないのだから、当然といえば当然だ。

もちろん、看護問題についても一般論の域を出ない。

 

しかし、患者の病状についてはよく学習されており、「実習記録」としての成果も、休む前よりよくできているのは確かだった。

 

“忙しそうだから看護師を呼びづらい”

 

“怒られそうだから教員に頼りづらい(記録を提出できない)”

 

彼女の場合、そんな気持ちになっていたりはしなかっただろうか。

私としては、これまで一度も声を荒げたり、学生の学習姿勢を一概に否定したりすることはしていない。

 

もちろん、学生がどのように感じているかは本人にしかわからないことではある。

しかし、逆にわからないのは、アセスメントをはじめとする実習記録を提出しないほうが、よほど厳しく指摘されるとは思わなかったのだろうか。

 

とにかく学生の学習プロセスを見せてほしい、実習記録はそのためのものだと、以前から再三言い続てきたからだ。

 

川崎は、本当に “ちゃんとしなきゃ” と思い、それができないがために実習に来られなかったのか。

彼女は真面目であり、それゆえに体調を崩したのか。または、何か違う事情や理由があったのか。

単に実習に行きたくなかったのか。あるいは、「実習記録を進めるために休んでいた」とは考えられないか。

 

何が本当なのか、わからなくなる。考えたくもないことや、考えてもしかたがないことが繰り返し頭に浮かんでくる。

いったい彼女のような学生に対し、私は、どのように関わるべきなのだろう。

ここ数年、実習指導に迷走している自分がいることに、私は気づいていた。

 

実際、私は考えていた。

この先、再び何らかの壁にぶつかったとき、それでも川崎は実習に来るのだろうか、と。

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