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【小説】ワースト・ナース~看護教員のリアル~
第 20 話 よくできた記録 (1)
- #看護教員
- #看護学生
- 2026/09/07 掲載

実習が始まる前、慌ただしい学生たちの喧騒(けんそう)が、教員控室まで届いてくる。
私は担当の学生たちから提出された実習記録を並べながら、飲みかけのコーヒーを横に置いた。
一番気になっている学生――佐伯のアセスメントを真っ先に確認する。
実習が始まってから 1 週間、佐伯は毎日真面目に取組んでいるように見えた。
アセスメントも毎日提出していた。
ただ、患者さんの背景、個別性というものがなかなか見えてこなかった。
これまでの記録を見る限りでは、バイタルサイン、検査値、食事摂取量、排泄回数といった情報が羅列されているような状況だった。
どのような背景をもつ患者さんが、今どのような苦痛や不安を抱えながら入院生活を送っているのか、佐伯の記録からはほとんど読み取れなかった。
「この方は、今までどんな生活を送ってきていたのかな?」
「患者さんが、今一番困っていることは何だと思う?」
「患者さんが日ごろから訴えていることは何だろう。いつもどんなことを話しているかな?」
先週、私は何度も同じようなことを確認した。佐伯はそのたびに、真剣な顔でうなずいていた。
これまでの関わりを思い出しながら、記録を読み進めていく。
術後疼痛によって活動量が低下し、離床への不安が強まっていること。
筋力低下によって退院後の生活に支障をきたす可能性があること。
家族の援助を必要とする一方で、患者自身は家族への負担を懸念していること。
それらが、理論整然と記述されていた。看護問題の根拠も明確だった。
達成可能な長期目標と短期目標が設定され、疼痛に配慮しながら離床を促す援助まで、具体的に挙げられている。
先週までの記録とは、明らかに違っていた。
――頑張って考えてきたんだな。
と思うこともなかった。違う学生の記録を読んでいるのかもしれないと思い、あらためて名前を確認したくらいだった。
繰り返し伝えてきたことを理解できるようになったのかもしれない。
週末に時間をかけて患者さんの情報を整理し、健康障害や看護問題について一生懸命調べてきたのかもしれない。
しかし、それが希望的観測でしかないことを、私はどこかで理解していた。
文章だけを見れば、グループの中で最も自分の考えを記述できている記録だった。
私はさらに読み進めた。
〈患者は、退院後に家族へ介護負担が生じることを不安視している〉
その一文を、もう一度読み返した。
家族について、佐伯が患者さんに尋ねている場面を見た記憶はなかった。
もちろん、これまでの記録にもなかったことだ。
患者さんには高齢の妻がいること、退院後は自宅へ戻る予定であることは、確かに書かれていた。
けれど、家族に迷惑をかけたくないと患者さん自身が話したことについては、
患者さん本人はもちろん、佐伯からも聞いていない。臨床指導者への報告にもなかったはずだ。
さらに読み進める。
〈自己効力感の低下を招く可能性がある〉
〈家族役割の変容に対する心理的負担が推察される〉
佐伯が一度も口にしたことも書いたこともない用語や表現が散見された。
アセスメントとしてはもちろん、文章自体が見違えるようにわかりやすくなっていた。
ようやく患者さんの看護問題を考えられるようになってきたのだと、素直に認められればよかった。
しかし、目の前の実習記録と、私の把握している佐伯の姿が、まったくといってよいほど重ならなかった。
第 21 話:よくできた記録 (2)>>


