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【小説】ワースト・ナース~看護教員のリアル~
第 23 話 AI 時代の評価 (1)
- #看護教員
- #看護学生
- 2026/10/19 掲載

「どうして、AIを使おうと思ったの?」
「何を書けばいいのかわからなくて」
「私が伝えたことが、理解できなかったのかな」
「はい……それに、書いたことが合っているかわからなくて」
「それで、AIに答えを聞いてしまったの?」
佐伯は首を横に振った。
「答えというか……考え方を教えてもらおうと思って」
その言葉に、私は返事ができなかった。佐伯の実習記録の内容は、ほぼAIの回答そのものだ。
だが、考えることを放棄した、と決めつけることは簡単だった。けれど、佐伯は何もしたくなかったわけではない。
むしろ、何らかの考えを示さなければならない、そう思い詰めた結果なのかもしれなかった。
「AIを使う場合、どのAIを使ったかだけでなく、入力した内容――プロンプトも記録して提出することになっているよね」
「はい」
「今回は、そのことを私に伝えないまま、自分の考えとして提出してきた。そのことはかなり問題だったと思う」
「患者さんの個人情報までは書いていません」
佐伯が慌てたように口にする。
「病院名も住所も書いていないです。個人が特定されなければ大丈夫だと思っていました」
「個人名や病院名を書かなければ安全、とは言えないんだよ。年齢や病気、手術、入院経過、家族構成、患者さんの言葉は、組み合わせることで、その人につながる可能性がある」
「消したほうがいいですか」
「まずは入力した内容を正確に確認させて。それに、今ここで消しても、入力した事実までなくなるわけではないから」
佐伯は小さくうなずいた。
個人名を消せば安全だと、佐伯は判断していた。けれど、その判断に何が抜け落ちていたのかを、本人はまだ十分に理解していないようだった。
「この参考文献も、AIが出したもの?」
「はい。引用箇所まではっきり書いてあったので、実際にあるものだと思ってしまいました」
「確認しなかったの?」
「……書かれていることが、本当のことみたいだったので。とにかく行動計画の発表までに間に合わせたくて」
私は時々、学生のあまりに率直な言葉が怖くなることがある。
「先生たちも、わからないことは調べてきてって言いますよね」
黙っている私に何かを感じ取ったのか、佐伯は取り繕うように口にした。
「ネットで調べることと、AIに聞くことは、何が違うんですか。もちろん、患者さんの情報を入力していない前提ですけど」
私はすぐには答えられなかった。
インターネット上の記事にも、誤った情報はある。出典のわからない記述もある。
検索結果をそのまま信じず、情報源を確かめなければならないという点では、AIだけが特別なわけではない。
「AIを使ったことそのものが、問題だと言っているわけじゃないよ」
私はゆっくり言った。
「何を入力したのか。どんな回答が返ってきたのか。その内容や出典を確かめたのか。どこまでを参考にして、最後に何を自分で考えたのか。こういったことを説明できることが、佐伯さんの理解を深めるために必要な学習なんだと思う」
佐伯は黙って聞いていた。
「それに患者さんの情報については、自分で『このくらいなら大丈夫』と判断してはいけないよ。大学や病院の決まりを確認して、入力してよい情報なのか事前にしっかり確かめないと」
「はい……」
「患者さんはね、自分の情報を外部のサービスへ入力することまで了承してくれたわけではないんだよ」
佐伯の表情が、ひどく曇った。今初めて、患者の顔を思い浮かべたようにも見えた。
「すみませんでした」
「私に謝ることではないよ」
そう口にしたものの、それ以上の言葉が続かなかった。
患者さんへ、どのように説明するのか。
大学として、実習施設へどこまで報告するのか。
佐伯の評価をどうするのか。
私一人で決められることではなかった。
私自身、学生に求めている実習記録には思うことがある。
学生の考えを確認するために必要だと思う一方、評価の多くを記録に頼っている現状があるからだ。
以前から「多面的評価」という言葉もよく聞かれるようになったが、教員や臨床指導者の目を通した評価には、どうしても主観が入り込む。
口頭で説明を求める方法もあるが、その場の緊張や、教員との関係によって、学生の答えは変わるかもしれない。
頭で理解していても、うまく言葉にできない学生もいるだろう。
一方、記録であれば適切に評価できるかといえば、決してそうではない。ただ、少なくとも第三者にも目に見える形で示すことができる。
だからこそ教員は、学生たちの考えを目に見える形で示してほしいと伝える。ただ、それが行き過ぎれば、必要以上に整った文章や根拠を求めてしまう。
何より、学生と患者さんとの関わりや、そこで行われたケアではなく、記録を中心とした評価になってしまう危険性も捨てきれない。
今回のことは、自分の考えを言語化することができず、思い詰めた果ての出来事だったのかもしれない。
面談が終わり、佐伯を帰した後、私は領域責任者へ連絡した。
学生から聞き取った説明、入力した情報の種類、参考文献の実在を確認できなかったことを伝えた。
見過ごせない点は、多々あった。
定められた申告をせずにAIを利用したこと。
患者さんに関する情報を外部のサービスへ入力したこと。
出力された内容や出典を確かめないまま、自分の学習成果として提出したこと。
教員側の評価方法に問題があったとしても、それらがなかったことになるわけではない。
佐伯の記録を、そのまま本人の学習成果として評価することはできなかった。
今後の実習をどうするかも含めて、検討しなければならなかった。
第 24 話:AI 時代の評価 (2)>>


