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【小説】ワースト・ナース~看護教員のリアル~
第 22 話 よくできた記録 (3)
- #看護教員
- #看護学生
- 2026/10/05 掲載

実習終了後、私は佐伯に面談室へ来るよう伝えた。
病棟の隅にある小さな部屋は、椅子が 2 脚置かれているだけで窮屈に感じられた。
私は面談室の扉を開けたままにしておいた。
机の上に、佐伯の実習記録を置く。
「何か、問題がありましたか」
向かいに座った佐伯が、落ち着かない様子で尋ねた。
「問題があったと決めつけているわけじゃないよ」
私はそう言って、記録を開いた。
問い詰める場にはしたくなかった。
ただ、佐伯が何を調べ、どのような考えでこの記録を書いたのか、確認する必要があった。
「まず、この看護問題が一番重要だと考えた理由を教えてもらえる?」
佐伯は記録を自分の方へ向け、該当する箇所を読んだ。
「術後疼痛によって活動量が低下していて、このままだと離床が進まない可能性があるからです」
「うん。この患者さんの痛みと活動性の低下は、佐伯さんの中ではどうつながった?」
「術後ですし……痛みがあると、動けなくなるので」
「この患者さんの場合、どんなときに、どの程度痛みが出ていたんだろう。1 日の中で、特に支障が生じている生活動作については把握しているかな?」
佐伯の視線が、記録の文字を追う。
「……歩いているときだと思います」
「患者さんがそう話していた?」
「動けば痛い、とは言っていました」
「そうだね。大切なのは、その痛みがどれくらい生活に影響しているか、ということだと思うんだけど」
佐伯は黙った。
「痛みがあることは確かなので、活動量は低下していくというのは間違いないかなって」
やがて佐伯は、小さな声で言った。確かに、痛みが活動性を低下させる要因になりうる、という意味では間違いではない。
ただ、佐伯の受け持ち患者は、本当に「疼痛によって離床への不安が強まり、活動範囲が縮小している」状態なのだろうか。
たとえそうだったとしても、佐伯の口から語られる情報のみでは到底判断できないような気がした。
「もう 1 つ。奥さんの負担についてのアセスメントは、どの情報から考えたことだろう?」
「奥さんと 2 人暮らしだったので……」
「2 人暮らしだと、家族に負担をかけたくないと思うってことかな?」
「そういう可能性は、あるかなと」
「可能性として考えることと、患者さんが実際にそう思っていることは、同じではないよね」
「……はい」
「でも、この記録では、患者さんがそう話したように書かれているね」
佐伯は返事をしなかった。責められていると感じているのかもしれない。
私は一度、記録から目を離した。
「私はただ、受け持ち患者さんについて調べたことや、佐伯さんが今考えていることを知りたいだけなんだよ」
「はい」
「あと、この参考文献はどこで確認したの?」
巻末に記載されていた論文名を指差す。著者名と発行年、雑誌名まで記載されてある。
けれど、大学で利用できるデータベースや、一般の学術情報検索で調べても、
その論文の実在を確認することはできなかった。
佐伯は少し考えた後、首を傾げた。
「ネットだったと思います」
「どのサイト?」
「そこまでは覚えていないです」
「実際に、この論文を読んだの?」
「……読んではいないです」
私は次週記録を脇に追いやった。
これ以上、周りから確かめるような質問を重ねても仕方がないと思った。
「佐伯さん、AIを使ったの?」
佐伯の表情が明らかに固まった。
脇に避けた記録に目を落としたまま、しばらく黙る。
「……はい」
小さな声でうなずく。
「どんなふうに使ったのか、教えてもらえる?」
佐伯は少し迷った後、スマートフォンを取り出した。
画面には、生成AIとのやり取りが残っていた。
患者の年齢、疾患、術式、入院後の経過、家族構成まで入力されている。
一気に冷や汗が吹き出す感覚があったが、幸いなことに個人名や病院名までは書かれていなかった。
けれど、実習で知り得た患者の情報が、複数入力されていた。
〈この患者に考えられる看護問題を挙げてください〉
〈退院後の問題についてアセスメントしてください〉
佐伯の入力した文章、いわゆるプロンプトから下へ画面をスライドさせると、
佐伯の実習記録と同様の回答が並んでいた。
AIの文章すべて写しているわけではないようだが、内容はほとんど変わらなかった。
一部語尾や表現を変えているだけだ。
私は画面から目を離し、あらためて佐伯の顔を見つめた。
予想していなかったわけではない。それでも私の胸に鉛のような心情が沈み込むのは避けられなかった。
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