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【小説】ワースト・ナース~看護教員のリアル~
第 24 話 AI 時代の評価 (2)
- #看護教員
- #看護学生
- 2026/11/09 掲載

翌年度の基礎看護学実習の評価表を前に、私は朝から目標の文面を書き直していた。
常に頭にあったのは、記録が整っていることだけを、目標に到達した証拠にはできない、ということだった。
例えば、これまで行動計画で評価していた、〈患者の状態を判断するために必要な問診・観察を、既習の知識から導くことができる〉という目標。
必要と思われる問診や観察項目の一般的な一覧であれば、AI でも容易に作成できる。
けれど、目の前の患者さんに何を尋ねるべきか、何を優先して観察するべきかは、患者さんとの関わりのなかで判断しなければならない。
AI が作成できる成果物だけで、目標の達成を判断するわけにはいかない。
今後、より重視すべきなのは、挙げられた問診や観察が患者にとって本当に必要なのかを判断し、
実際に患者さんのもとで情報を収集できるか、ということになる。
AI に何を入力してよいのかを判断する力。出力された内容と出典を確認する力。
どこに AI を使い、最後に何を自分で判断したのかを説明する力。
そして、知識として挙げられた項目を、目の前の患者に合わせて使う力。
それらも含めて、今後の学習成果として考えなければならない。
患者さんとの関わりを直接見る。
看護上の問題をどのように捉えているのか、その場で説明してもらう。
カンファレンスでどのような発言をし、他の学生の意見をどう受け止めるかを観察する。
もちろん、病室での一場面や、その場での受け答えだけで判断してはいけない。
緊張すれば言葉が出なくなる学生もいる。
記録、行動、口頭での説明、患者さんの反応。それぞれを時間をかけて重ねて見る必要がある。
さらに、教員 1 人の印象に偏らないよう、臨床指導者とも観察した事実を持ち寄り、
評価基準に照らして確認しなければならない。
これまでも見聞きしてきたことに違いはない。
ただ、今後は、記録と実践の間にあるものを、今まで以上に丁寧に確かめる必要があるだろう。
一方で、AI の使用を全面的に禁止する、ということもできない。
学生が AI を使用すること自体を禁じても、それが必ずしも守られる保証などなく、
実際に使ったかどうかを完全に確かめることは難しい。
何より、今後看護師として働く中で、AI を含む情報技術をまったく使わずに済むとは考えにくい。
臨床で使う可能性があるものなら、学生のうちから、安全かつ適切な使い方について学んでいく必要がある。
問題は、使うか、使わないか、だけではない。どのように使い、どこからを自分の判断とするのか。
その境界を、学生自身が説明できることが必要だった。
私は評価表の文面を修正しながら、何度も手を止めた。
患者の全体像を捉えることができる。
患者の個別性を踏まえた看護問題を明確にできる。
患者に必要な看護を考え、実践できる。
どれも間違った目標ではない。しかし、それを何によって確認するのかが難しかった。
記録だけを見るのか。その場で説明させるのか。患者への関わりを見るのか。
1 つを重視すれば、別の何かを見落とす気がした。
夜になり、優希が研究室へ入ってきた。
「まだやってるの?」
「全然終わらない」
机の上に広げた評価表を見て、優希が苦笑した。
「AI 対策?」
「『対策』っていう言い方も違う気がするんだよね」
「まあね。学生が使わないようにする、っていう話だけじゃないもんね」
優希は近くの椅子を引き、私の隣に座った。
「結局どうするの?」
「今まで以上に記録だけで判断しないようにする。患者さんとの関わりを見て、その場で何を考えたのか日々確認していく感じ。臨床指導者とも、評価した根拠をできるだけ共有する。言っていて当たり前のことなんだけど」
「とはいえ、教員の負担は増えそうだね」
「増えると思う。けど、やっぱり必要なことだし、本来はできるだけそうすべきなんだよ」
「理想と現実は、ってやつだよね」
優希が苦笑する。
学生と患者との関わりを、すべて見ることはできない。
学生にその都度考えを答えさせるというのも現実的ではない。
教員が病室に入れば、学生の態度も患者の反応も変わる。
その場で説明できる学生が、深く考えているとも限らない。
反対に、説明できなかった学生が、何も考えていないとも限らない。
むしろ、看護実習の評価は、ときに記録を重視しすぎているとも言われてきた。
多面的な評価方法については、AI が普及する以前から検討されるべきことだった。
AI という存在が、問題をより見えやすくした。
記録に書かれていることは、本当に学生自身が考えたことなのか。
問いの形を変えれば、以前から生じていた問題でもある。
教科書を写した文章。
ネットからコピペした文章。
教員から言われたことを、そのまま記述したアセスメント。
同じグループの学生から教えてもらった実習記録。
悪質なものであれば、そのまま引用している学生もいるだろう。
私たちはこれまで、それらをどのように本人の学習成果と見分けてきたのだろう。
「AI とのやり取りを全部提出させるというのも、現実的ではないかな」
優希が言った。
「使い方によってはかなりの量になるし、そもそも隠そうと思えば、いくらでも隠せるよね」
「うん。だから今のところ、使用した AI と、入力した内容を提出してもらうことにしている。出力をどこまで参考にしたかは、記録を見ながら確認する」
「入力内容を全部?」
「実習に関係するものはね。ただ、提出させる情報を増やすほど、実習とは直接関係のない負担も大きくなるよね」
誰もが AI を身近に使えるようになった今、使用を前提とした、現実味のあるルールを作る必要があった。
「AI を使わずに時間をかけて書いたけど未熟な記録と、AIの回答をもとに知識や情報を確かめながら、自分の考えを深めた記録って、同じように比べられるのかな」
優希が問いかけるように言った。
私は答えられなかった。
AI を使用したかどうかだけで、不適切だと評価するのは明らかに違う。
すでにそのような時代ではないうえ、今後 AI は、私たちにとってさらに身近な存在になっていくだろう。
それでも、何を本人の学習成果として認めるかは、厳密に見極めなければならない。
改善案を 1 つ加えるたび、そのすぐ隣に、新しい問題が生まれてくるような気がした。
「完璧な目標や評価表なんて、土台無理な話なんだから、とりあえず走り出すしかないかな」
私が笑って言うと、優希は再び苦笑した。
「確かに。その時々で浮き彫りになった問題に、1 つずつ試行錯誤していくしかないかもね」
本当に、その通りだと思った。
「これ、どうする?」
優希が、評価表の一項目を指した。
〈患者の個別性を踏まえ、必要な看護を立案できる〉
私はしばらく、その文面を見つめた。
「変えない」
「変えないんだ」
「目標としては、必要だから」
「じゃあ、何を変えるの?」
「その目標を達成したって、何を根拠に判断するのか」
言いながら、評価表の余白に書き加えた。
〈記録、患者との関わり、口頭での説明、カンファレンスでの発言を総合して評価する〉
書き終えた後も、十分だとは思えなかった。おそらく会議内でも多くの意見が飛び交うだろう。
それでも私は、次の目標へ進んだ。
第 25 話:ワースト・ナース>>


