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【小説】ワースト・ナース~看護教員のリアル~
第 3 話 意欲なき看護学生 (1)
- #看護教員
- #看護学生
- 2025/08/12 掲載

「山下さん、入って」
彼女は申し訳なさそうな顔でドアを開け、私がすすめたイスに座った。
「……あの、すみません」
開口一番にそう謝る。けれど、彼女からは焦りのような感情は読み取れなかった。
むしろ、どこか諦めているような——そんな印象を受けた。
「今回の再実習も、不合格という残念な結果になってしまったけど」
「はい」
「この結果を、自分ではどう受け止めてる?」
彼女は目を伏せるようにしてうつむいた。
「……正直、実習が始まってからも、何をどうすればよかったのか、まったくわかりませんでした」
私は机の上にある彼女の評価に目を落とした。
自分の力で学習を進めることが難しく、教員や臨床指導者による連日の指導も、
成果として結びつくことはなかった。
入院中の経過や生活背景といった情報も把握しておらず、患者さんに対し
不適切な声掛けや質問を繰り返し、良好な関係性を築くことができなかった。
自ら情報を収集することができないため、アセスメントが一向に進まない。
日常生活援助をはじめとする実践にも手を出そうとせず、見学のみに終始した。
最終的な実習記録も、未提出のまま今に至ってしまった。
「私や李勝指導者さんからたくさんヒントをもらっていたと思うけど……」
「家に帰ると、なにも考えられなくなるんです」
「それは説明されたことが、理解できなかったということ?」
彼女は困ったような表情を浮かべながら首をかしげた。
「その場では、わかったような気はするんです。でも一人になると、手が動かなくなるというか……正直に言うと、何もしたくなくなるんです」
「一度もアセスメントらしい内容が提出できなかったもんね……」
前日の指導をもとに、少しでも患者理解に繋がるようなアセスメントが考えられていれば、
それを糸口として次の指導にあたるつもりだった。しかし毎日彼女から提出されるのは、
前日と何ら変わりのない行動計画のみだった。
看護問題について一緒に考えてみても、私の言葉をそのままアセスメントとして記述し、
記録として提出してくる状況だった。
「わからない知識を調べてくるとか、そういうことも難しかった?」
「何をどう調べればいいのかもわからないし、そもそも調べなくちゃいけないことばかりでどこから手をつければいいんだろうって」
「……今まで取り組んでこなかったことの “つけ” は、やっぱり大きいね」
私は、すでにお互いが理解しているだろうことを口にした。
「勉強不足なのは、自覚してました。でも、実習に行きさえすれば、なんとかなるんじゃないかって……甘かったですね。実際にやってみて……これはもう無理だなって、思いました」
「それは、大学を辞めるという意味?」
彼女長い時間、沈黙した。
私は彼女の次の言葉を静かに待った。
「……それは無理だと思います。親が許してくれませんから」
「許してくれないって…… 山下さん自身の気持ちはどうなの?」
「……看護師になりたいって思ったことは、正直ないんです。もともと親に勧められたから受験して、受かったからここへ来ただけというか。講義を聞いても、実習に行っても、やっぱり興味が持てなくて」
「山下さんは、他にやりたいことがあったりするの?」
「特にないです。それに、奨学金もたくさん借りてるし。簡単には辞められません」
「わかっていると思うけど、今回の再実習で不合格になった時点で山下さんは進級できないんだよ。今の状況について、ご両親にはちゃんと説明してるの?」
「……してないです」
彼女は初めて苦渋の表情を見せた。
第 4 話:意欲なき看護学生 (2)>>