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【小説】ワースト・ナース~看護教員のリアル~
第 4 話 意欲なき看護学生 (2)
- #看護教員
- #看護学生
- 2025/08/26 掲載

「ご両親が看護師になることを強く望んでいるから、大学を辞められないってこと?」
「……そうです。安定してる仕事だし、資格があれば食いっぱぐれがないっていつも言われています。でも、留年なんてしたらまたお金がかかるし……本当に、なんて説明したらいいかわからないです。絶対怒られますから」
彼女の目から大粒の涙がこぼれはじめた。
「厳しいことを言うようだけど、こういう状況になるかもしれないって考えたことはなかった? 山下さん、他の科目も再試験でなんとか合格してきているような状況だったし……実習前の大切な課題も手をつけてなかったよね」
彼女は鼻をすすりながら、苦しそうにうつむいた。
「……ちゃんとやらなきゃいけないとは思ってました。でも、やりたくないって気持ちの方が強くて……楽しいことばかりに目がいっちゃって」
「それでも、実習に行けばなんとかなるって思ったの?」
彼女は黙ったままうなずいた。
「……今までは、なんとかなってきたから」
「看護師になりたいわけじゃなかったけど、大学を続けることに抵抗はなかったってこと?」
「……はい。一人暮らしや大学生活は楽しいので」
「つまり、大学自体は辞めたくないけど、看護への関心や、勉強に取り組む意欲が持てない、ということだね」
「はい……」
「もし留年できて、また一年後に実習に行けたとしても、今の山下さんと同じままだったら、また同じ失敗をくりかえすかもしれないよ?」
「そうですね……今の状態で来年実習に行ったとしても、合格は無理だと思います」
「山下さんは、これからどうしたい?」
「……とりあえず、留年するしかないですよね」
「先のことは誰にもわからないけど、今の山下さんの気持ちやこれまでの学習状況を踏まえると、来年実習に合格するのは相当頑張らないと難しいと思う。だからこそ今、山下さん自身がどうしたいのかを、ちゃんと考える必要があるよ」
私は慎重に言葉を選びながら、続けた。
「もし大学を続けたいと思うなら、親に言われたからとかじゃなくて、自分自身が“看護師になる”という気持ちをもって勉強に取り組まなきゃいけない。そんな気持ちになれなかったとしても、看護の大学にいる以上、看護師になるための授業は避けては通れないんだよ。どこかで、それもなるべく早い時期に覚悟を決めないといけない。でないとまた同じことの繰り返しになる。時間が経てば、今よりもっと厳しい状況になる可能性だってあるんだよ」
「そうですよね……」
彼女は伏し目がちにうなずいた。
「他にも、大切なことがある」
理解してもらいたい一心で言葉に力を込める。
「看護学生が実習に行くということは、病気で入院している患者さんにも協力をお願いするということだよ。厳しい言い方をするけど……もし、山下さん自身や山下さんの大切な人が病気で入院していたとして、看護に興味も持てず、勉強もしてこなかった学生が『受け持たせてください』ってお願いしてきたら、どんな気持ちになる? どんな対応をする?」
「……なに考えてんのって思うし、めちゃくちゃ嫌です。絶対拒否したいです」
彼女は言いづらそうに、けれどはっきり言い切った。
「絶対に忘れてほしくないのは、実習というのは患者さんの善意で成り立ってるってこと。だからこそ、どうしても看護に興味が持てない、勉強が手につかない、実習に行くこと自体がつらいというなら、“辞める”という選択肢も含めて、ご両親としっかり話し合わなきゃいけないと私は思うよ。なにより……看護師を目指すことだけが、山下さんの人生じゃないよ。親に言われてきたというのなら、なおさらね」
私の言葉に、彼女は黙ってうなずいた。
——彼女は両親と担任との話し合いの末、留年することを選んだ。
一年後、再度実習に臨んだが、体調不良を理由にほとんどの日数を欠席し、
そのまま退学することとなった。
第 5 話:意欲なき看護学生 (3)>>