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【小説】ワースト・ナース~看護教員のリアル~

第 7 話 省みない看護学生 (2)

  • #看護教員
  • #看護学生
  • 2025/10/20 掲載
橘一沙

「大事なことだとは思ってなかった?」

 

私が繰り返すと、高井は困ったように首をかしげた。

 

「……気をつけなきゃいけないことだとは思ってました。けど、実習って、知識とか技術がちゃんとしてれば OK なんじゃないですか?」

 

思わず頭を抱えそうになった。

「ちゃんとしていなかったから、こんな状況になってるんだって……」

 

「それは、そうなんですけど……」

 

「学生が未熟なのは当たり前。だから私たち教員や臨床指導者がいるんだよ。実習っていうのは、患者さんの安全をしっかり確保したうえで、学生が自分で考えた看護を実践させてもらう場所なの」

 

一拍おいて、私は言葉に力を込めた。

 

「でも高井くんの場合は、教員や臨床指導者がいたとしても、患者さんの安全が守れないって判断されたってことなんだよ」

 

「でも、先生たちは学生が実践しないと評価してくれませんよね? なんらかの形で関わることは必要だと思ったんです」

 

今度こそ、私は頭を抱えた。

この後に及んでも、高井は自分の危うさを本当の意味で理解していなかった。

 

「実践以前に、患者さんと向き合う姿勢そのものが看護学生としてふさわしくないって、そう言われているんだよ。たとえば高井くん……君は自分が指導したことを患者さんが理解していなかったから、“認知機能に問題がある”とまで言ったんだって?」

 

高井はしばしの沈黙の後、うなずいた。

 

「術後の痛みが強い患者さんの反応にも無関心のまま、ほとんど一方的な説明だったって聞いたよ。そのうえなんの考えもなしに離床を促すなんてことをしたら、実習を中断されてるのも当然だと思わない?」

 

高井は黙ったままうつむいた。

 

「評価のことしか考えてない学生に、善意で協力してくれる患者さんを受け持たせることなんてできない。相手は紙上事例なんかじゃない、とてつもない苦痛のなか必死に病気と闘ってる、現実の人間なんだよ」

 

「……基礎実習の頃は、ちゃんと考えてた気がするんです。でも、3 年になって領域別実習が進んでいく中で、とりあえず何かしていれば大丈夫かなって」

 

「どうして、そんなことを思うようになったの」

 

「……慣れちゃったんだと思います」

 

「慣れたって、実習に?」

 

「はい……基礎実習では A 評価をもらえていたし、うまくいっていたから。領域別実習も、とりあえず毎日行って、記録さえできていれば合格できるだろうって」

 

「実習記録はあくまで看護を考えるためのツールでしかないよ? 確かに学生の考えや知識を確認するために必要だし、評価の対象にもなるけど、少なくとも今回の高井くんの記録では、患者さんが抱えている問題のことなんて全く考えられていなかったよ?」

 

私は当然の事実をはっきりと突きつけた。

高井は少しの沈黙の後、頷いた。

 

「記録さえできていればって、患者さんのことも満足に考えられないで、何を持って『できている』なんて考えたの? いくら『術後疼痛』についてそれっぽく記録に書いても、患者さんが目の前で苦しんでることに気づくこともできないならなんの意味もないよ」

 

「……患者さんに痛いって言われても『そのうち落ち着くだろう』って、勝手に決めつけてたんだと思います。術後の早期離床についても、本に書いてあったから、とにかく実践してみようって」

 

「……自分の行動が、患者さんにとってどれほど身勝手で危険な行為だったか、今はわかる?」

 

「……はい」

 

少しだけ、声に力が込もった気がした。

 

「どうして実習中に気づけなかったの? 繰り返し指摘されてたんでしょう? いきなり実習を中断されたわけじゃないんだから」

 

高井はしばらく黙っていたが、やがて苦笑した。

 

「……正直、こんな大ごとになると思ってなかったです。もともと自信あったんで、なんとなく大丈夫だろうって……」

 

——それが一番怖い。

 

私は内心つぶやいた。

おそらく今も、高井は自分がしでかしたことの怖さを、本当の意味で理解してはいないだろうと思った。

 

いったい何を、どのように伝えるべきだったのか。

基礎実習で、看護学生として大切なことを伝えきれなかった——その思いが胸を締め付けた。

けれど、答えは今も見つかっていない。

 

「……患者さんに何事もなくて、本当によかった」

 

心からの言葉だった。けれど、このときの私には、他に伝えるべき言葉をもたなかった。

 

後日、保護者を交えた面談を経て、高井は再び実習に臨むことになった。

 

いまだ危うさは残っていたが、それでも彼は、看護師を目指す道を選んだ。

ただ、私には彼が本気で看護師を目指そうとしているようにはどうしても見えなかった。

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