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【小説】ワースト・ナース~看護教員のリアル~
第 14 話 責任 (1)
- #看護教員
- #看護学生
- 2026/04/06 掲載

教員になって 5 年目の頃のことだ。
再実習の学生を担当することになった私は、いつもより不安な気持ちでいた。
前回担当した教員から、「助言や指導を受け入れてもらえない」との報告を受けていたからだ。
実習終盤になっても、一向にアセスメントの進展がみられなかったという。
「今回は前回受け持った患者さんを事例として、もう一度看護過程を展開してもらいます。前回の記録もあるし、一緒に振り返りながら考えていこう」
前回の実習結果を踏まえたうえでの結論だった。
その学生――鈴木は、小さくうなずいた。反論してきそうな様子もなかった。
普段は明るい学生であり、教員たちと雑談している姿もよく目にした。
実習に行くまでは、いわゆる「問題のありそうな学生」には見えなかった。
再実習が始まり、前回の実習で考えられていなかった健康障害や看護問題について指摘し、
今ある知識と患者さんの情報をもとに明らかにしてくるよう伝えた。
翌日。提出された実習記録に目を通したあと、私はどう指導してよいかわからなくなった。
見覚えのある文章だらけだったからだ。
昨日の実習記録と、ほとんど同じ内容だった。表現がわずかに変えられている箇所もあるが、記述自体は変わっていない。
新たに加わったことといえば、テキストかネットの知識を“コピペ”してきたような文章だけだった。
唐突に文体が変わっていたため、一目でわかったのだ。
私は記録をめくりながら、しばらく考えた。
――何を、どう伝えるべきだろう。
私はできるだけ平坦な声で聞いた。
「きのう読ませてもらった記録あまり変わっていないようだけど、どんなことを考えてきたのかな」
「とりあえずわからなかったことを調べてみました」
「うん。それで、この患者さんの問題をどう考えたの?」
「問題自体は一緒なのかなって。それで、根拠になるような疾患や治療についてもう一度詳しく調べてきました」
私はうなずきながら、別の箇所を示した。
「ここは、何かの文献から引用してきたの?」
「はい、○○サイトの情報を参考にしました」
「間違いはないと思うけど、この知識で何を言いたかったの?」
「患者さんの現在の病状について、ですかね」
鈴木は少しだけ考え込むようにしながら言った。
「そのうえで、今この患者さんにどんな看護問題があるかを明らかにしないと。疾患の原因や症状を羅列しただけではアセスメントとは言えないよ」
「とりあえず調べられる範囲で考えてきたんですが」
その言葉に、わずかな引っかかりを覚える。
「鈴木さん。考える、という意味がわかるってる? アセスメントってなんだ、ということだけど」
「……看護問題を明らかにする、ということですよね。だから、まずはわからなかったことを調べてきたつもりです」
それ以上は続かなかった。
あらためて実習記録に目を通す、今のところ言えることは、ただネットで調べてきた内容を追加しただけだ。
知識や情報をもとに看護問題を明らかにする、というプロセスがまったく読み取れない。
——自分に求められていることがわかっていないのか。それとも、真剣に取り組んでいないのか。
そのまま口にすることはできなかった。まずはどのように取り組んだのかを確認してみようと思った。
「このままだと、前回と同じ結果になってしまう可能性が高いかな」
私は慎重に言葉を選びながら口にした。
「まずは昨日どんなことを考えてみたか、1 つずつ教えて」
鈴木はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「疾患や治療でわからないところを調べました」
「うん」
「そのことを、記録に記載してきました。患者さんのことが、前よりもわかったかなって」
「それは、病気や治療のことがよくわかった、ということだね? 今回はそのうえで、患者さんの看護問題について考えてみる試みなんだけど」
「今の記録じゃダメということですか。自分なりにやってきたつもりなんですけど」
語尾が、わずかに強くなる。
「患者さんの病態については昨日 2 人で確認し合ったよね? そのうえで、もう一度看護問題について考えてくる、という約束だったと思うけど」
「全部できてないのはわかってます。でも、自分なりにわかるところまではやりましたよ」
「例えば、この患者さんは手術してからもう 2 週間以上経過している方だよね。ここに書いてある合併症すべて当てはまる人かな? 今この方にとって必要なことって何だろう」
「確かにそこまでは考えられてなかったかもしれませんけど、今までわかっていなかったことは調べてきました。そういうところは見てもらえないんですか」
私は一瞬、言葉を失った。
会話が、噛み合っていない。
鈴木が書いていることはすべて、昨日 2 人で確認し合ったことだ。「私が伝えたことをそのまま書いてきただけ」のようにも見えてしまう。
そのうえで、患者さんの現在の状況や背景から看護問題について考えてこよう、というのが今日までの課題だったはずだ。
「それ以上のことは難しかった?」
「かなり遅い時間までやっていたつもりですけど」
鈴木は明らかに苛立っていた。まるで私が理不尽な学習を求めているかのように思えてしまうくらいだ。
(本当はほとんど手をつけていないんじゃないか)
思わず突いて出そうになった言葉を飲み込む。
嘘を言っていたり、何かを隠しているようには見えなかったからだ。
むしろ、正直に話しているようにも見える。
だからこそ、わからなくなる。
昨日とほとんど変わらない記録を前にしても、彼は迷いなく「やってきた」と言う。
私はふと、自分の中に別の感情が生まれていることに気づいた。
怒りや、苛立ち、に近いものだった。
なぜ、ここまで頑なに「やっている」と言い続けるのか。
なぜ、自分の課題として受け取ろうとしないのか。
——それとも、受け取れないのか。
偉そうなことを言うつもりはない。学生時代、私自身も身に覚えのあることだった。
「昨日はあまり手をつけられていませんでした」と言われたら、また別の視点から話をすることもできた。
しかし鈴木の場合、どうにも話が進まなかった。
問われていることや求められていることを、まったく受け入れようとしないからだ。
この学生は、学習以前に……
そこまで考えて、私は思考を止めた。
今はまだ踏み込んではいけないと思ったからだ。
代わりに、こう言った。
「それならもう一度、やってみようか」
彼は納得していない表情のまま、うなずいた。
第 15 話:責任 (2)>>


