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【小説】ワースト・ナース~看護教員のリアル~
第 15 話 責任 (2)
- #看護教員
- #看護学生
- 2026/04/20 掲載

翌日。再び提出された記録からも、アセスメントの進展は見られなかった。
アセスメントのいくつかの視点に、患者さんの情報や新たに引用したであろう知識が挿し込まれているだけだ。
私は実習記録を読むようにしながら、考えていた。
――いったい、鈴木は何をしていたのだろう。私の素直な気持ちだった。
私が伝えたことが理解されていないのか。それとも、理解したうえで、この結果なのか。
その区別が、どうしてもつかなかった。
鈴木は前回と同じように座っていた。
むしろ、若干の苛立ちさえ感じられた。
「うん、わかった」
私がそう言うと、鈴木は短く「はい」と答えた。
「この患者さんの看護問題について説明してくれる?」
少しの沈黙の後、鈴木は口を開いた。
「術後の患者さんなので、やっぱり術後疼痛や感染リスクが挙がるかと思います」
「確かに大事なことだよね。でもこの患者さんは、痛みの訴えもほとんどなくなっているし、抜歯も終わってる。傷が悪化しているような兆候もないんじゃないかな」
「でも、テキストには問題として挙がると書いています」
「一般論としてね。術後の患者さんに起こり得る問題として書いてあるのは当然だよ。私が訊いているのは、『今、この患者さんの場合』『看護問題として取り上げるべきなのか』ってこと」
「……間違ってはいないと思うので、そのままにしています」
「はっきり言って、この患者さんの看護問題としては適切とはいえないと思うよ。少なくとも、優先度として真っ先に挙げるほどではないかな」
「そうですかね」
「前回の実習で不合格になったのは、今の患者さんにとって必要な看護が考えられていないからなんだ。テキストの問題をそのまま挙げても意味がないってことだよ」
「はい」
「何が不足していたんだと思う?」
鈴木は少し考えるように視線を落とした。
「……知識が足りなかったんだと思います」
「知識?」
学生がよく口にする言葉だ。そして鈴木の場合は、そこからまったく動いていかない。
「はい。なので、今回はそこを中心に調べました」
私はゆっくりとうなずいた。
確かに、調べてはいる。だが、それが患者さんの看護問題に繋がっていかない。
患者さんの背景や訴えをよく聞けば、他に挙げるべき問題が出てくるはずだった。
「調べて、患者さんの何が見えてきた?」
鈴木は答えなかった。
しばらくしてから、こう言った。
「そこが、まだ難しいです」
私はその言葉を受け止めながら、次の言葉を探した。
本来なら、ここで噛み砕いて説明するべきなのかもしれない。
「そもそも、アセスメントとは何か」ということや、「今の患者さんに着目すること」について、もう一度。
だが、再実習が始まってから、もう何度も伝えてきたことだ。
それでもなお、この状態に留まっていることの意味を、私は考えていた。
「難しいのはわかるよ」
できるだけ穏やかに言う。
「でも、難しいままにしておいたら、前に進めないよ」
「……」
「どこがわからないのか、一緒に整理していこうか」
そう言ったとき、鈴木の表情がわずかに変わった。
「やってないわけじゃないです」
低い声だった。
「わかるところはやってます」
「うん」
「でも、そのことを見てもらえてない気がします」
言葉が、少しずつ鋭くなる。
「やってきたことを否定されてる感じがして」
「否定しているわけじゃなくて、確認してるんだよ」
「でも、『できてない』って言われてるのと同じじゃないですか」
その一言で、会話の空気が変わる。
できていない。
確かに、そう思っている。
それをどう伝えれば、理解してもらえるかがわからない。
「私がくりかえし言っているのは、“今、患者さんが抱えている問題について考えてきた過程が見えない” っていうこと。そもそも、『わかるところはやっています』という言葉自体、おかしいと思わないかい? わからないからいろいろ調べたり、教員に聞いたり、自分で考えたりするんだと思うけど?」
「考えてます」即答だった。「ちゃんと時間もかけてますし」
まただ。その言葉に、いつも引っかかりを覚える。
「時間をかけることと、考えることは別じゃないかな」
そう言った瞬間、鈴木の表情がはっきりと変わった。
「ちゃんとやってます」
強い口調だった。
「昨日言われたことも調べてきました」
「うん」
「それなのに、何もやってないみたいに言われるのは納得できないです」
部屋の空気が、張りつめる。
私はもう一度、鈴木の記録に視線を落とした。
本当は、こう言いたかった。
真剣に取り組んでいるように見えない、と。
実際、学内で一緒に取り組んでいるときは、1 つの視点からではあったが、問題を明確にすることもできていた。
そのはずが、実習を終え一旦自宅に帰ってしまうと、まるで進展が見られない。
学生自身で学習してきたという痕跡が、ほとんど見受けられない。
少なくとも、私が求めていることとは、大きく乖離していた。
だが、それは言えない。
鈴木は「やってきた」と言っているからだ。
言ってしまえば、鈴木の言葉が「嘘」ということになり、その時点で私たちの関係も終わるような気がしたからだ。
そうなってしまえば、今までのすべてが指導ではなく否定になってしまう。
私は顔を上げた。
「鈴木さん」
名前を呼ぶと、彼はまっすぐこちらを見た。
「今のままだと次の実習に行っても、前回の実習と同じ結果になると思う」
「……」
「自分の力で看護を考えられないまま、終わってしまうってことだよ」
鈴木は黙っていた。その沈黙が、否定なのか、考えているのか、判別がつかない。
私は続ける。
「それでもいいと思う?」
しばらくして、鈴木は小さく息を吐いた。
「……ちゃんとやります」
その言葉は、どこか空虚に聞こえた。
“ちゃんと” とは何か。“やる” とは何か。
そもそも今まではそうしていなかったのか、と思わずにはいられなかった。
私と鈴木とでは、「ちゃんとやる」という言葉の意味がまったく共有されていないのだろう。
すべての言葉が、意図したのとは別の意味で受け取られていると思った。
あるいは、最初から聞き入れようと思っていないのかもしれない。
「指導」という言葉は嫌いだった。教え、導くことなど、少なくともそのときの私には分不相応なことだと思っていたからだ。
便宜上よく使う言葉ではあったが、私はいつも学生と一緒に考え、成長させてもらっていると考えていた。
そう、意識してきた。
しかし鈴木のような学生に対しては、厳しく物事を伝え、指し示し、導けるようなものが必要なような気がした。
第 16 話:責任 (3)>>


