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【小説】ワースト・ナース~看護教員のリアル~

第 17 話 お休みしたいと思います (1)

  • #看護教員
  • #看護学生
  • 2026/06/17 掲載
橘一沙

午前 8 時ちょうど、教員控室の電話が鳴った。
なんとなく予想はしていた。

 

「――おはようございます、学生の川崎です。昨日の頭痛と腹痛が治まらないので、今日もお休みしたいと思います」

 

「わかりました、昨日よりは良くなっていますか?」

 

「すこしは。ただ、実習には行けそうになくて」

 

「無理はしないでいいですよ、受診したら結果を教えてください」

 

「はい」

 

私は静かに電話を切った。後ろで気にしていた担当教員に対し、今の内容を伝える。
実習が始まってから、すでに 2 回目の欠席だった。
ここ数年では、珍しくないことだった。

 

発熱しているわけではないため感染症については疑っていなかったが、症状が続くようなら念のため受診するよう伝えていた。
それよりも、教員たちの頭に浮かんでいたのは別の理由だった。

 

川崎は、実習前まで、良い意味で話題に挙がらない学生だった。
目立った欠席もなく、演習にも真面目に取り組んでいた印象があった。
しかし、病院実習が始まってからというものの、どこか表情が硬く、アセスメントの提出ができなかった。

 

私は実習先の病棟へ連絡し、学生が欠席する旨を伝えた。

 

「そうですか。精神的な問題ですかね」

看護師長は心配げな様子だった。

 

「とりあえず受診することになっていますので、結果がわかり次第ご報告します。申し訳ありません」

 

「いえ……ただ、受け持ち患者さんのこともありますし、来たり来なかったりだと、患者さんも何かと心配するかと思いますので」

 

「そうですよね、教員からもしっかり説明していきたいと思います」

 

そう言って電話を切った。

普段の授業では感じられない重苦しさがあった。


患者さんに無理を言ってお願いしている以上、学生が休むことになれば、教員はもちろん、病院側も何かと配慮が必要になってくる。
ここ数年は、実習指導よりも、欠席時の対応や、その後の面談のことばかり気にしている自分がいた。

 

実習先はもちろん、大学の事務、学校医、学生の担任へも連絡しなくてはならない。
必要となれば保護者にも連絡し、その後の対応について相談する必要がある。
これらのことは、学生から慎重に話を聞き、了承を得たうえでのことだ。
当事者となった教員には、さまざまな配慮や対応が求められる。

 

必要な支援であることは確かだ。けれど、ときどきわからなくなる。
私たちは、看護教員――大学の教員として、どこまで学生たちを支えればいいのだろう、と。

 

その日大学に戻ると、駐車場で優希と顔を合わせた。
「昨日休んだ学生、今日も出てこれなかったんだ」

 

私の言葉に、優希は苦笑した。
「最近ってさ、“実習に来られる” だけで評価される風潮あるよね」

 

「……まあ、わかるよ」

 

以前は「何を学んだか」によって評価されていた。
患者やその病状から考えられる看護問題は何か。
そのために必要な看護は何か。どのように実践するか。
それこそが私たち教員が教えるべきことだったはずだ。

 

けれど最近は明らかに違っていた。
まず、実習に来られるかどうか。
そこから始まるのだ。

 

「正直、実習に来られなくなるような学生とは思ってなかったんだよね」
私はぼんやりと言った。

 

「授業にはちゃんと出席していたし、実習前の課題も真面目に取り組んでいたから。ただ……アセスメントとなると急に記録が出せなくなって、そのまま休みだしちゃった」

 

「……良くも悪くも “適当にやる” ができないんじゃないかな。とりあえずここまで見てもらって、あとは先生に教えてもらおう、みたいな考えがないっていうか」

 

「そうかもしれない」
私は素直にうなずいた。川崎の真面目そうな顔が浮かんでくる。

 

「逆に『そんなことまで聞いてくる !?』みたいな学生もいるけどね。しかも夜に、メールでだよ? もう、足して 2 で割ってくれよと思うときがある」

 

「メールのことはちょっと置いておくとしても、学生の立場から考えるとわからないでもないんだよ。どこまでだったら教員に聞いてもいいことなのかって、結構迷うし。最低限勉強していないとわからないことだから」

わからないことだらけでカンファレンスにもついていけなかった学生時代の頃を思い出す。

 

「そうそう、『そんなことくらい調べればわかるでしょ』とか『まずは自分で考えてみたら』とか、言われてきたもんね」

 

「自分の場合、そんなこと言った記憶ないんだけどなあ」

 

手をつけていないというより、“これでは足りない” と思い続けているようにも見えた。

直接質問してみると、案外患者さんの病状や、現在考えている看護問題について答えられることもあった。
ただ、翌日学生が考えたアセスメントを確認しようとしても、その学習成果がないのだ。

 

「『どうやってアセスメントを書けばいいかわからない』『何がわからないかがわからい』って言うから、まずは私の考えを示してから、次は同じように考えてみてって伝えたんだけど」

 

「そのときはわかった気になるけど、1 人なると全然考えられなくなるらしいね。そのうえ自分的にしっかりできていないと動けないって感じなのかな」

 

「実習なんて教員や臨床指導者と一緒に考えるくらいじゃないと進まないんだけどね、特に基礎は」

 

優希は「そうなんだけどね」と苦笑した。

 

看護にはただ 1 つの正解があるわけではない。だからこそ、学生は教員や臨床指導者と一緒に患者さんの看護問題やケアを考えていく。
けれど川崎は、「自分でちゃんとした正解がわかる」まで動けないのかもしれなかった。

 

そして、その “ちゃんと” の基準が、あまりにも高い。

 

帰宅前、私は川崎に電話した。

「体調、大丈夫?」

 

「……すみません」

 

彼女はまず謝った。その謝罪はいったい何の、誰に対するものなのか。
疑問に思ったが、口にしようとは思わなかった。

 

「実習のことを考えると、お腹が痛くなって……昨日も全然眠れなくて」

 

「患者さんのところに行くのが怖い ?」

 

「怖いというか……やっぱりちゃんとできてない感じがするんです」

 

「どんなことができていないと感じてる?」

 

「患者さんの病気に対する知識も足りなくてアセスメントも進まないし……患者さんに何を聞いて、どんな情報を収集すればいいかもわからなくって」

 

言葉を探すように、彼女は続けた。

 

「もっと調べてから行かなきゃって思うんです。でも、調べても調べても、“これで大丈夫” って思えなくて」

 

「そんなに思い詰めることはないんだよ? 学生と一緒に考えるために教員がいるんだから」

 

私だって一緒だ。

 

もっとちゃんと指導しなければ。もっと適切に関わらなければ。
学生を傷つけないように。見落とさないように。
そんなふうに考え続けて、身動きがとれなくなりそうなときがある。
そんなときは必ず教授や同僚に相談し、一緒に解決策を考えてもらう。
1 人でできることなど、たかがしれている。

 

「休みたくて休んでるわけじゃないんです」

 

川崎は小さな声で言った。

 

「うん、わかっているよ。そんなことは思っていないから安心して」

 

「はい……」

 

しかし、そう思う一方で、難しさややるせなさも感じていた。
実際には、患者さんの前に立てていないという現実があったからだ。

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